療養 よめさんち編
金曜日。よめさんちへむかいました。
実家の最寄りから在来線。新横浜から、西日本行きの新幹線。西日本のとある駅につき、そっからまた在来線で一時間…。
六時間くらいかけて、よめさんちへ。。。
飛行機のがらくなんだけど、羽田に行くより、新横浜に行く方がらくだからねー。
そんなわけで約2週間ぶりに嫁さんと再会。
いつもは、1ヶ月に一回しか会えないから、早く会えて嬉しかった。
よめさん仕事帰りで制服のままで、可愛かった。
ついた当日は、CoCo壱で晩御飯。久々にカレーたべたなあ。
よめさんちの近くに米軍基地があって、すげえ外国人の方々いっぱいいた。
グローバルな街だなあ。って毎回おもう
ゆくゆくはこの街に移住するから、この機会にいろいろこの街を知ろうと思いました。
役所とか職安とかスーパーマーケットとかね。
この2週間ちょいで、だいぶいろんなとこを知りました。
不便な街ではないし、スーパーマーケットのコスパのよいとことか、ここは景色がよいとか、役所はこことか。
楽しかったよ!2週間ちょいの同棲生活
次回詳しく書こうとおもうます。
さてさて!貧乏ひまなし!!!!!
午後からもがんばりますかねえー。
抜糸するまで大変だったこと
実家でも、よめさんちでもそうだったけれど、お風呂にガッツリ入れないのがつらかった。
お風呂大好き人間だからさwww
銭湯とかにいきづらくなるから、ぺったんこにはしなかった節もある。
二日間はお風呂にはいれず、3日目からは下半身と頭だけは洗えた。
上半身は拭いて貰うことしかできず、痒くてたまらんかった。
一週間後、胸の抜糸。こっからはシャワーは浴びれた。
でも、乳首は抜糸してないし、患部を絶対濡らしちゃいかん!とのことで、患部をラップでぐるぐるまきにして、シャワー。
かなりきつめに巻いたから苦しかったw
そして、もれなく一人じゃお風呂にはいれず、母、妹、嫁さんに介護してもらってました。
そもそも痛みで腕があげらんなくてさ。
乳首抜糸後、やっと一人でお風呂にはいれて浴槽に浸かれて嬉しかった。
あとはあれね、胸抜糸まで痛みで起き上がるのつらかったね。
寝返り打つのも痛かった。あさ、トイレに目覚めた時が一番の闘いだった。
膀胱ぱんぱんでめざめて、さっさと起き上がれずゆっくりゆっくり。
ゆっくり起き上がっても、ひきつれるような痛み。
うずくまる。といれいきたい。立ち上がる。
いたい。うずくまる。
そんな感じだった。痛みは個人差あるんだけどねー。
今となっては寝返りも打てるし、毎日銭湯にいく日々です。
療養期間に無理しなきゃこんなもんですよ。
療養 実家編 その3
実家療養ちう、お見舞いやら退院祝いをしてくれた人がいました。
まずは、妹の旦那さん。いわゆる義弟ですね。帰ったその日に妹と姪っ子と一緒に来てくれました。
ピザやら揚げ物やらいろいろ持ってきてくれました。
うすぼんやりしかその日のことを覚えてないんだが、あやおばちゃん大好きな姪っ子が飛びかかったりしないように最新の注意を払ってくれてました。
うちのよめさんがまだいてくれてるとは思わず、びっくりしていて、なんか追加でかってこようか?なんていってくれる優しい義弟。
何か関係は義姉と義弟だけれど、お兄ちゃんみたいに感じてる節があるわたしwww
実際、義弟私より一歳年上だしなあ。
…と身内自慢はこれくらいにしましょうかねw
義弟は、妹が私のお世話をしに来てくれる間、姪っ子をみていてくれたりもしてくれて、ほんとうにありがたかった。
ありがとうね。義弟。
すごく心配してくれて、ありがとうね!
あとは、中学ん時から仲良くしてくれてる友達。
家族みたいなもんです。中2の時はほぼ毎日一緒に過ごしてた。
あれですね、うちの二人目の長女みたいなもんです。
うちの母とも仲が良く、うちの妹や弟も可愛がってくれてる。
私が実家にいなくても、うちの実家に遊びに来てくれたりしてたみたい。
実家の近くのファミレスでらんちしました!
二人きりでランチとかすげえ久々で、話が弾みました。
若いときからだけど、ほんっっとしっかりしてる。たまにミラクルな聞き間違いとかするんだけどね(笑)
若いときみたくキャイキャイしたよね(笑)
楽しかった。ほんっっとこの子は一生友達でいてくれるんだろうなとおもう。
いや。友達つーか、やっぱ家族なんだと思うよ。
いつもわたしだけじゃなく、うちの家族のことまで心配してくれてさ。
ほんといつもすまんな。
ありがとう!あさみ!
今度は美味しいスイーツ食べに行こうな!
あとは、母の職場の同僚さん。
サプライズでお祝いしてくれたの!退院祝い的な?
たまたま母のお客さんとご飯食べに行くことになっていて、その人も来ることになっていてね。
何度かお店で同僚さんとはお会いしていたんだけど、あまり面識のない方だったの。
でもケーキと花束もってきてくれて
「あやちゃん。退院おめでとう!」
って!!!!!
わたしゃ泣きそうでしたよ。あんま知らない私の事をきにかけてくれてたんだもん。
まなみさんありがとうございました。
お店でお会いしたら、改めてお礼しなきゃ。
そんなわけで、三人の方々!ありがとうございました。
わたしゃしあわせもんですわ。
つづく。
療養 実家編その2
泣きながら出迎えてくれた母をみて、親孝行しようと改めて思った。
セクシャリティーをカミングアウトしたときも、この胸オペをするってきめた時も、心配はしてくれたけど、理解してくれた。
母だけじゃなく、家族もね。
母は、私が理解しないで誰があんたを理解するのよっていってくれてるし、妹はあやさんが幸せならそれでいいっていってくれてるし、弟はちっちゃいころから、あやはあやだよ!っていってくれてる。
私は幸福者だよ。世の中には家族に反対されたり、否定されんのが怖くてカミングアウト出来ない人もいるんだから。
つか、時代ってのもあるだろうけど友達や会社の人も理解してくれるひといっぱいいるよ?
私はたまたまなんだろうなあ。ひていされた事ない。
私が気づいてないだけ?wまあそれでもいいや。
意外と家族に関しては、じっくり話し合えばわかりあえるとおもうなあ。
理想論かもしれんが、だって家族じゃん?
まあでも私が理解されてるだけなのかもなあ。
親としては、いわゆる「普通」に結婚して「普通」に子供産んでっておもうだろうから。
私らの「普通」とは違うんだよね。
そもそも「普通」てなに?とかいいはじめると、遅れてきた中二病みたいだからやめようね。もうアラフォーなんだからw
そんなこんなで実家へ。。。
母が美味しいご飯つくってくれたのを食べて、そのあとみんなで爆睡www
嫁さんと母は気疲れしていたのだろうね。。
わたしも安心したのかぐっすり。
この辺のきおくあいまい。
んで、夜玄関までしか嫁さんをおくれなかったわたし。。
嫁さん、西日本に帰宅しました。
んでこっから、母との生活が始まりました。
お風呂いれてもらったり、ご飯つくってもらったり。
妹も晩御飯作ってもってきてくれたり、お風呂いれてくれたり、洗濯してくれたり。。
最初は起き上がるのも辛ければ、動くのもつらかった。
初日は胸にバンドをしていたからまだ良かった。苦しかったけど。
でもバンド外したら痛いわけよ。
妹に外してもらって、傷口を妹がほほーて言いながらみていた。
嫁さんに傷口の写メやら送ってくれた。
母と妹とで、私の状態をらいんしてくれていた。
嫁さんは離れていたから心配だったみたい。
いやあー。なんつうかさ、母とも妹ともこんなに長い時間一緒に過ごすの久しぶりでさ。
若いとき以来だからね。
たくさんはなしもしたし、まあ喧嘩とかはしなかったかな。
落語心中母とみたなあ。けものフレンズを母がみていたなあ、
妹とははなしたり、姪っ子が一緒のときは、教育テレビみたりしていた。
母も妹も、私を介護することにたいして、楽しんでくれていた気がした。
ありがたかった。申し訳ないっていうと怒られたしなw
少し元気になってきたら、母と昼間おさんぽをした。
近くの洋品店にいったり、お買い物したり。
いろんな話しながら。
つづく