療養 実家編その2

泣きながら出迎えてくれた母をみて、親孝行しようと改めて思った。

セクシャリティーをカミングアウトしたときも、この胸オペをするってきめた時も、心配はしてくれたけど、理解してくれた。

母だけじゃなく、家族もね。

母は、私が理解しないで誰があんたを理解するのよっていってくれてるし、妹はあやさんが幸せならそれでいいっていってくれてるし、弟はちっちゃいころから、あやはあやだよ!っていってくれてる。

私は幸福者だよ。世の中には家族に反対されたり、否定されんのが怖くてカミングアウト出来ない人もいるんだから。 

つか、時代ってのもあるだろうけど友達や会社の人も理解してくれるひといっぱいいるよ?

私はたまたまなんだろうなあ。ひていされた事ない。

私が気づいてないだけ?wまあそれでもいいや。 

意外と家族に関しては、じっくり話し合えばわかりあえるとおもうなあ。

理想論かもしれんが、だって家族じゃん?

まあでも私が理解されてるだけなのかもなあ。

親としては、いわゆる「普通」に結婚して「普通」に子供産んでっておもうだろうから。

私らの「普通」とは違うんだよね。

そもそも「普通」てなに?とかいいはじめると、遅れてきた中二病みたいだからやめようね。もうアラフォーなんだからw

そんなこんなで実家へ。。。

母が美味しいご飯つくってくれたのを食べて、そのあとみんなで爆睡www

嫁さんと母は気疲れしていたのだろうね。。

わたしも安心したのかぐっすり。

この辺のきおくあいまい。

んで、夜玄関までしか嫁さんをおくれなかったわたし。。 

嫁さん、西日本に帰宅しました。

んでこっから、母との生活が始まりました。

お風呂いれてもらったり、ご飯つくってもらったり。

妹も晩御飯作ってもってきてくれたり、お風呂いれてくれたり、洗濯してくれたり。。

最初は起き上がるのも辛ければ、動くのもつらかった。

初日は胸にバンドをしていたからまだ良かった。苦しかったけど。

でもバンド外したら痛いわけよ。

妹に外してもらって、傷口を妹がほほーて言いながらみていた。

嫁さんに傷口の写メやら送ってくれた。

母と妹とで、私の状態をらいんしてくれていた。

嫁さんは離れていたから心配だったみたい。

いやあー。なんつうかさ、母とも妹ともこんなに長い時間一緒に過ごすの久しぶりでさ。

若いとき以来だからね。

たくさんはなしもしたし、まあ喧嘩とかはしなかったかな。

落語心中母とみたなあ。けものフレンズを母がみていたなあ、

妹とははなしたり、姪っ子が一緒のときは、教育テレビみたりしていた。

母も妹も、私を介護することにたいして、楽しんでくれていた気がした。

ありがたかった。申し訳ないっていうと怒られたしなw

少し元気になってきたら、母と昼間おさんぽをした。

近くの洋品店にいったり、お買い物したり。

いろんな話しながら。

 

つづく

 

 

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